日中戦争開戦当初は
アメリカ合衆国
日中戦争開戦当初はアジアで膨張を続ける日本に対する牽制と日中両勢力の疲弊を狙い、援蒋ルートを通じて中華民国に武器をはじめとする軍事物資と人材(訓練教官の派遣など)の提供を行った。1937年からは義勇軍と称しフライング・タイガース(軍隊)を派遣、事実上日本軍と交戦している。その後、仏印進駐、ABCD包囲網、ハル・ノートが通告を経て真珠湾攻撃によって太平洋戦争が勃発すると本格的に日本と戦争関係となる。
ソビエト連邦
中国における共産勢力拡大のため、紅軍をはじめとする共産勢力、抗日武装組織への支援を実施した。本格的にソ連軍が参戦するのは太平洋戦争末期の1945年8月8日だが、張鼓峰事件やノモンハン事件では関東軍と交戦している。なお、日本は日ソ中立条約を締結していたソ連を通じ連合国との講和を目指したが、ソ連対日参戦により破綻した。
ドイツ国
第一次世界大戦の際に日本が東アジア・太平洋地域におけるドイツの権益を奪取したという事実とプロイセン(ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世)時代の黄禍論主義思想が対日政策に影響を及ぼしており、1937年に勃発した日中戦争の際には日本と防共協定を結んでいたが、ヒトラー承認済のもと、秘密裏に日本と交戦関係にあった中華民国に対して在華ドイツ軍事顧問団を派遣し陣地構築の指導、軍事訓練や武器の輸出を行った(中独合作)。第2次上海事変の際には蒋介石の軍事顧問を務めたファルケンハウゼンが直接作戦指導にあたっている。日本は日独関係の悪化を憂慮し、鹵獲したドイツ製の武器を「ソ連製または某国製」と偽って公表した。
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翻訳
日中戦争初期の1937年12月から約2ヶ月間にかけて日本軍が中国の首都南京で軍民を不法に殺害したとされる事件。事実存否や規模などをめぐって議論あり。
日本では戦後の東京裁判ではじめて有名になり、以降中国側も外交カードや反日プロパガンダの代表格として利用するようになった。